花粉症をぶっとばせ!の巻

はい!皆さんお久しぶりでございます!
2016年3月末、花粉症バリバリの時にコラムります!
オレは決めました〜〜‼️
来年から3月、4月のLIVE及びエンターテイメント活動は封印させて頂きます!
それ程オレの花粉症は重大な事になって来つつある…
まぁ花粉の話はさておき、今月の6日に行った我々のイベント「TOKYO WICKED SOUL PROJECT Vol.2」はファン・チキ主催にしては久々の大盛況イベントになって良かったよ!
コレも偏に協力してくれたロールズ、ロンリーライダーズ、DJ陣、そして各イベントに足を運びフライアーを配ったりチケットを売ってくれたりこのイベントの為に宣伝塔になってくれたガメラさん❗️この人の存在が無かったらこのイベントの成功はあり得なかったと言っても過言では無い。
自分の利で動くのではなく純粋に我々を気に入ってくれ、もっといろんな人に見て欲しいと思ってくれたその気持ちにオレ達も答える為に一生懸命シャウトした!
お陰でいいイベントになったと思う。
皆んな本当にありがとうございます!

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さて、あのイベントの日DJ陣の中にオレの地元茨城から参加してくれた「DJ總之助」…
彼はけっこう長い付き合いなのだが、この日は初っ端なからテンション高めでオレに「コマッチの考えが全部分かった‼️」と訳のわからんことを言って騒いでいた…
酔っ払いかぁ…?っと思っていたが、
打ち上げの時に彼はこう言った。
「コロコロコラムを見つけ一気に全話読み俺はやっとコマッチの事が解った!」って。
そう、な、なんとこのコロコロを最近見つけて全話一晩で読破したと言うのだ。
嬉しいねぇ〜 
たまに、思いがけない人が「コロコロコラム読んでるよ!」なんて言ってくれると本当に嬉しいよ!
ただそれと同時に文体に《毒》が無くなって行く気もしてるし人に言われたりもするね。
皆んなに好かれようとして書いてる訳ではないんだけど、自分でも自分の中に毒が無くなって来てるのを感じヤバいなぁ〜
なんて思ったりしたりもするけど、無理して毒吐いてもなんかなぁ〜… だしね。
まぁ自然体で行きますわ。オレの毒文を楽しみにしてた人はゴメンね。 でもいつかまたそういう時期が来るかもね(もうその時は歳的に唯の偏屈ジジイだな)
今は仕事(鉄板屋)も趣味(バンド、昭和骨董集め)《でも人間としての表現的視感で言えば正確には趣味と仕事の隔ては無く全てが仕事になるのだが。》もやりたい事しかやってないんだから毒の吐きようもないんだけど、岡本太郎的思想だとそれでも自分の中に毒を持て‼️って事なんだろうけどね… 
まぁファンチキメンバーの若手も30歳を越えたり40歳を越えたりと声が届き、それぞれの世代の節目的な時期みたいだしオリジナルメンバーもあと3年足らずで50に手が届く…
そんな事も含め他のバンドと比べてLIVE本数もガツガツ出来るバンドではないし相変わらずマイペースではあるけど、一応ファンチキイベント第3弾!は11月6日にきまりそうです。(もう冬やん‼️)
と… まぁこんなツッコミも聞こえてきそうな感じではありますがジジイになってもこのメンバーでゲラゲラ笑いながらやって行けたらいいなぁ〜〜 
なんて思ってやっとりますんで、皆様!暖かい目で見守ってやっておくれやす。
そして何かロックンロールでもソウルでも昭和歌謡でもなんのイベントでもいいんで我々を誘ってくれる方々がいましたら、是非声をかけて下さいねぇ〜 宜しくお願い致します。


ファンチキ主催イベント再始動‼️の巻


先日10月4日に我々のホームグラウンド、渋谷クロコダイルで約15年ぶりの我々主催のLIVEイベントが再始動した!その名も
『TOKYO WICKED SOUL PROJECT Vo.1』
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はファン・チキ再始動6年目にしてここで新たな区切りだ!
そして、応援しにワザワザ足を運んでくれた皆さん!(とくに最近ファンチキをいつも宣伝してくれているガメラさん、横須賀のソウルバンド、スイートソウルズのタカちゃん!この2人は個人的ないろんな想いから特に来てくれた事が凄く嬉しかった!)一緒に協力してくれたバンド「ボディーズ」に「スタイルペインツ」クロコダイルのスタッフやPAの方々、そして何よりもメンバーの皆んな!本当にお疲れ様でした!そしてありがとう。
ふっと思う… 
オレは数々のバンドをやって来た中で何故ファンキーチキンズだけは辞めなかったんだろう?
たぶん… あの約10年間の活動休止状態が、逆に他のバンドをやっている時もいつもオレの気持ちを救ってくれた様なきがする…
「いつかファンチキを再始動するんだっ!」て思いがね。まだ20代後半に作ったバンドはアルタ前路上LIVEから始まりもう全てが楽しいだけだった、曲を決める事やリハーサルに入る事、フライアーを作ったり友達のLIVEに行って「ファンチキのLIVEに来てよ!」なんていう今では面倒くさいと思ってしまうような事ですら全てが未来に繋がっている様な気がして有頂天だった!
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しかもLIVEをやれば客は満パン、オマケに憧れの人なんかをゲストに迎えたりしながらこのまま突っ走るものかと思われた…
しかし、いろんな事情が重なり僅か2年たらずで、ファンチキは活動休止状態にならざるおえなかった…
そう、このいちばんバンドとして根っこを植える時期ともいうべき30歳代を殆ど活動できなかったのだ。
そしてアマチュアバンド時代一緒にやっていた仲間のバンドは次々と有名になっていった。 オレはこの間の10年間ファンチキがいつ再始動してもいいように「コマッチ」途中からは「ミクロ小松崎」として個人とてファンチキのメインボーカルを忘れられてしまわないよう、いろんなコトをやった…(その中でも1番ファンチキに音楽性的にもスタンス的にも近かったバンド《ザ・コミックメンツ》を2015.10.18日にYouTubeにUPしてみたので興味のある方は見て欲しい。)
ある程度名前にブランドがあるバンドとかも手伝ったりしたけれども… それでもファンチキ再始動を夢見ていた。
ファンチキをもう一度やりたい!あの楽しい時間を取り戻したい! 募る思いは遂に38歳の時に実現する!オリジナルメンバーでの再始動ではなかったが、むしろオレは新たなメンバーに胸踊らせながらファンキーチキンズ10周年記念《柳屋とソウルと裏新宿の夜》と題しLIVEを開いた。
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しかし現実はそんな甘くはなかった…
蓋を開けてみればあれほどいた客はパラパラ…
10周年の為に集めた若いブラスセクションメンバーのドタキャンや自分を含め拙い演奏…
もう全てが昔とは違っていた。
「これがあれほど夢見たファンチキ再始動なのか‼️」
6年たった今だから言えるが、オレは自分自身に相当落ち込んだ…
これは、全部0からやり直しなんだな…っと幾らか天狗になっていたオレはその鼻をへし折られた。
まずは、メンバー構成を超シンプルにした、前はブラスセクションにこだわっていたが、テナーサックス1本(エメロンみのり)だけにして豪華にしたいLIVEの時だけ10年間の間に他のバンドで知り合ったコイツだ!と思うプロに協力してもらい演奏した、コーラス隊も無くしベースのクマやギターのカルピス、ドラムのシンジまでもが自分達でコーラスをやるようにした、そして1番の変化は親友のバントゥー宇野(ギター)が少しずつだがオリジナル曲を作ってくれて今ではLIVEでやる曲はほとんどオリジナル曲になってきた。最近ではベースのクマちゃんも作ってくれるようになり、曲に幅が出来てきたと思う。あいかわらずオレは歌うだけだが…
しかし肝心のお客さんだけはまだまだ増えないけど、今回自分達の企画をまた始めた事には大きな意義があると思った。
今回一緒に協力してくれた先輩バンド、「ボディーズ」の坂口さんも「新しいモノを何か感じた!」と喜んでくれていたし、昔からのダチバンド「スタイルペインツ」の沢村もこの日ばかりは、昔のように朝までいい酒を呑み語り合った。
まぁあと3年くらいで50代になる我々だけど、オレのファンチキ愛は募るばかり!このコロコロコラムも書き始めた6年前とは読み返すとオレも言ってる事とか矛盾してるなぁ〜 なんて思ったりもするけど、それが人間だと思うし自分の中に毒を失ったらおしまいだと思っているし想いの軸自体は何も変わってないので、次の企画Vo.2に向けていいモノを作って行きたいと思うし、おれは自分の表現の幅をわざわざファンチキだけに拘らず、今また別の分野でも広げだしている、 ただしそれはもう昔みたいな行動ではなくすべてがオレがやりたい事のみだ!昔からやりたいコトなりたい物にすべてなってきたが、今の行動との違いはただひとつ『下心』があったから自分に納得が行かなかったんだと思う。
そこには自分のお店やこういう文章や乗ってる車やバイク服装にいたるまでもう誰の指図もうけない!やりたいようにやるだけ。その想いは確信に変わったし、たとえその結果一人ぼっちになったとしても、しょうがないとおもえるからね!今回も最後までご愛読ありがとうございました。
ファンチキの活動は今年はたぶん無いと思いますので、ちょっと早いですが、皆さんよいお年を!
追伸 Facebookはまだやっていませんが、最近何年かぶりにmixiをログインしていろいろつぶやいてます。(今更だからmixi!)




山形LIVE! 爆音の夜は耳がイタイの巻


先日19日初の山形LIVEに参戦させて頂きました!
関係者およびスタッフの皆さん共演者の方々来てくれたお客様!そして何よりもファンチキメンバーに感謝!感謝!
やはり地方で演るのは、LIVEもそうだけど行きの道中がオレはとくに好きだなぁ〜にこにこ
高速道路でのサービスエリアの休憩の食事やメンバーとのおしゃべり、だんだん増えていく山や緑そのひとつひとつがこの歳までバンドや音楽をやらせて貰えた人生への感謝だね!なんて景色をみると思ったりするもんねぇ〜〜最近は…
昨日ツアーから帰って来て風呂に入り勲章の汗を流して(笑)心地よい疲れの中でぼーっとテレビを見てたら『しくじり先生』って番組でヒロミが出てたんだ。普通オレはこの人が画面に映るとチャンネルを変えるんだが、その時は見た。
なぜなら『しくじり先生』に出るって事は自分がしくじったんだって事を認めてるって事だからだ。
オレはこう思った…
『コイツ路線変更したな。ふっ
有吉や坂上に引き続こうと思い毒舌キャラでテレビ復帰したわいいが、どうも毒舌ってところを履き違えた上に時代の空気に乗り切れずMC担当の番組も打ち切りになったそうだ…
有吉、坂上はうちの嫁が好きなんで最近は慣れて来ちゃったし、もはや骨抜きされ毒舌でもないんで仕方なく一緒に見てるが、ちょっと前までこやつらも画面に映ったらチャンネル変えてたね…
しかしこいつらの毒舌とヒロミの空気読めなさとは根本的なモノが違うね。
でも、うちの嫁はチャンネルを変えようとするとこんなことを言っていた…
『自分に似てるからイヤなんやろ〜〜』ふっ
始めコイツは何を言っているんだ!?と思ったが、な、なんとオレの親友リードギターのバントゥー宇野ことウノちゃんに「坂上は暴言吐いてる時のコマッチにそっくりだ!」
と言われてしまった…
20年近くオレを見てきたダチが言うんだから、嫁の言ってる事もあながち間違いではないかもしれないな…
っと思った。
人間が自分に似てる人間に、しかも自分の嫌な部分を持った人間に出会うと無意識に拒絶反応を起こすと心理学上も言われている。
俺は自分の事を毒舌キャラでなく、正直に見た事や感じた事を表現してきただけでキャラとかそういう感覚でやっていたわけではないんだが、毒舌キャラでやってるんですか?なんて思われてもなんか気分悪いんで、暫く暴言、毒舌と言われるような言動は控えようと思う。(たぶん無理かも…)
そしてヒロミは最後にこう締めくくった。
今は全ての人に感謝!
アハハ!今更良い人路線に変更しようってわけね!(笑)
都合よすぎねぇーか?
まぁでもヒロミの言い分もわからなくないところもある。さんざん好き放題生きてきて50を過ぎたころからそういう気持ちになるらしいのだ。
確かにオレもあれだけ世の中に矛盾を感じて心の中で(わかってくれ︎わかってくれ︎)って叫んでた気持ちが、いつの頃からか(わかる奴だけわかりゃいい︎)に変化して行ったもんね。
景色とか見て優しい気持ちになれてくるのも、おじいちゃんに一歩一歩近ずいてるって事なんだろうね〜
若い頃言いたい事言えなかったからジジイになってから毒吐くヤツってごまんといるけど、オレは逆に行きたいね!
今回この山形ツアーの話しも、もちろんウノちゃんが地元だから持って来てくれて楽しい時間を過ごさせて貰ったわけだけど、またここでも出会いがありそして再会があった。
まずウノちゃんのパパ友の 吉川さんや、なんとこのコロコロをいつも読んでくれているという 佐藤さん。山形にも読者がいたなんて本当に嬉しかったなぁ〜
こういう時はコンピューター社会もまんざらでもないなぁ〜〜って思うよね!
そして客席でオレたちが気に入ったと話しかけてくれた 泉さん。ファンチキTシャツまで買って頂きました! ありがとうございます︎感謝!感謝!にこにこ
そして再会はといえば、ウノちゃんのステキな奥様で山形 橋本屋の美人女将ゆきえちゃんや息子のユウサク、妹のハナちゃん、特に酒の飲めるようになったユウサクは「コマッチにはオレ影響うけたよ!」なんて小さい頃のまんまの話し方で喋ってくれて冗談でも嬉しかったよね。
親に似て人を気持ちよくする術をしっている賢い子だよ。
あとバンドではブラッディストサクソフォン通称ブラ・サキ!言わずとしれた今回の目玉バンド!
このメンバーとも山形で久しぶりの再会。
とくにベースの岳尾は昔マイナードラックってバンドで7年も一緒にバンドやってたんだ!(YouTubeあり)
いい酒になったよ!
やっぱりオレも最後はヒロミと同じ言葉で締めくくるよふっ
《今はすべての人に感謝️》(笑)

JB映画見てきました の巻

JB映画見てきましたの巻
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JBことジェームスブラウンの映画を見た上で、ここでJBが音楽世界においてどういう功績をのこしたかとか、60年代と70年代のJBの音楽のめまぐるしい変化論とかマイケル、プリンス、ストーンズにいたるまでどれだけの影響力があったかとか、そういう事を書くつもりはあまりない…
そんなことは他の雑誌や音楽評論家が詳しく語っているのでそっちを見てくれたらいいと思います!
まずそもそもこのコラムでオレが音楽論を語った事はあまりない。
バンドマンがやっているホームページの中のコラムなのにね(笑)
しかしジェームスブラウンの映画に関してだけは少し感じた事を書いてみようと思います。
オレ的にはあの映画普通に面白かったんだが、ちょっと物足りない感じがした…
でもその物足りなさをここに書いても興味のない人には更におもしろくない話しだし、そしてオレは映画評論家でもJBマニアでもないのでオレにとってジェームスブラウンとは何なのかみたいな感じで書いてみたいとおもう。
ひと言でいってオレにとってああいう風になりたいっていう憧れかな…?
あんなふうにワンマン社長的、日本で言うと80年代イケイケ経営者とかイケイケのお店とかいっぱいあった様なきがするなぁ…
20代の頃はそんな人間に憧れを持っていたと思う。
その象徴がオレにとってジェームスブラウンなんだよね〜〜
日本人だと矢沢永吉とかが生き方としてJBっぽい感じがするなぁ〜
前例がないからこそオレがやる的なね!(笑)
そういうのにオレも憧れてたから、バンドのスタイルは絶対ソウルバンドがいい!って決めてたんだよね〜
ホーンセクションがあって、女性コーラスをはべらせながらJBみたいに「ヘィ!メン️」って言いながら指一本上げただけでバンドが進行していったらどんなに気持ちいいもんなんだろ〜?
なんて想像してたよね〜顔1(うれしいカオ)あせあせ(飛び散る汗)(アハハ…)
とくに20代の半ば頃からその気持ちは特に強くなってたね!
今考えるとタダのコンプレックスなんだけどね。
でも、強烈なコンプレックスは人を行動に移させるか内にこもってしまうかどっちかだと思うよね…
オレの場合は前者だったからいろんなアクションを起こしたよね〜。
で、念願のコンプレックスソウルバンド(笑)
『ザ☆コミックメンツ』を27歳位の時に結成して念願のソウルバンドデビューが出来たわけ。
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おっと!… ついつい自分の話しになっちまった。(自分大好き!)
オレ思うんだけど、JBも強烈なコンプレックスの持ち主だったんじゃないかな?って思うんだよね。
オレのコンプレックスなんて平和大国日本に生まれたからたいした事じゃないんだろうけど、
やっぱり黒人に生まれて来た当時の悲しみや扱いは、オレには検討もつかないもんね。
絶対音楽でのし上がってやる!って常に思ってたんだろね。
とにかくソウルミュージック、いや全部の音楽の神様だと思うよ。
JBが映画の中でこんなセリフを言うんだ!
「あんたの持ってるレコード、そのどれにも俺の片鱗がある」のだ。
ウーン…
まさに神にしか言えない言葉だよね。もちろんJBが登場以降のレコードなんだろうけどね…
でも、それでさえキリストの誕生から紀元前、西暦的考えで捉えると、これもJB誕生前、誕生後の音楽と解釈できなくもない。
死ねときでさえクリスマス。
最後まで完璧だったね!
やっぱ!️JB︎




遂にデビューの巻

 遂にオレにも来る時が来た!ずーっとずーっと使ってたガラケイを失くしてしまったー!
そしてあれだけこのコラムで言って!書いて!打って!否定してたスマホデビューしてしまったー!
しかもLINEとかもやっちゃてるし〜
昔アナーキーって バンドの歌詞に「言ってる事とやってる事がてんでバラバラさ〜」ってのがあったけど、正にその状態…
でも、どーって事ないですよ! だって人間だもの。
今日のオレは明日… いや1秒先にはいないし、昨日のオレは今のオレとはまったく別の生き物だ。
それでいいんだよ。 不確かで…
自分の言った事に責任なんかいちいち持ってたら、我々は進化できないよ!
昔ビートたけしがなんかの本で言ってたんだけど、「虫や動物は、その時その時の状況によって姿形を変えてきた、ポリシーを持ってオレはこのままでいるよって言ってるヤツらだけが絶滅して行った…」 ポリシー持って変わらないヤツ、それはそれで美学はあるだろうけど、虫や動物の生きるか死ぬかの進化過程において美学なんか言ってらんないでしょう?(余談だがゴキブリは太古からその姿を殆どかえずに生きてきたから人間は、
真実にビビるらしい…)
まぁしたがってもっともらしい言い訳をしてスマホデビューしちゃいました! たぶんこれからはツイッターやフェイスブックもやるかもしれませんウインク
その時は皆さん宜しくねー。
あ、それとこの場を借りて私からのお願いなんですが、ガラケイを失くしたので、データが殆ど分かりません…
これを見た人は、是非連絡先を教えて下さい。
オレはメールも電話番号も変わっておりません。
今回はただのスマホデビューの話になりましたが、これからはもっとたわいもない内容に進化して行きたいと思います。勝ち誇り